香川大学創造工学部・工学研究科非線形解析研究所

香川大学 香川大学創造工学部 電子情報通信学会NOLTA 電子情報通信学会非線形問題研究会

研究内容

CT画像再構成の高速化

 日本は世界一のCT普及国であると同時に世界一の医療被曝国と言われています.これは,国内メーカが開発しているCT装置では 逆投影法が用いられていますが,この方法では低線量照射下では高品質な画像が得られないためです. 逆投影法による再構成画像よりも高品質でかつ低線量照射下での画像再構成が可能である方法として連続法が提案されています. しかしながら,連続法では膨大な計算が必要であり,その実用化には逆投影法と同等の計算時間内で再構成が行えるように改良 する必要があります.そこで,我々は,ニューラルネットワーク,高速ハードウェアの利用, 回路解析,数値解析,画像処理など様々な観点からの検討を行い,連続法を用いた画像再構成を合理的な時間内に短縮する手法を 研究しています.

 研究成果の一端を下記に示します.

非線形システム

 非線形システムとは重ね合わせの理が成立しないシステムのことです.具体的にみると中身の分からないブラックボックス(関数 f (x ) )があったとします.このシステムに a を入力すると出力f(a) が得られ,b を入力するとf (b) が得られたとします.では,a + b を入力したときは?f (a) + f (b)が得られればそれは線形システムです.f (x) = x ならば成り立ちます.でも f (x) = x2 では成り立たないことがわかると思います( f (x) = x2 の場合,f (1) = 1, f (2) = 4となり f (1+2) = 9 ≠ f (1) + f (2) = 5).

線形なシステムであればa = 1 の出力 f (a) が分かれば,b = 100は100* f (a) と直ぐに求まります.すなわち,個々の要素に分解すれば全体はその足算とか掛算で求めることができます.でも,実際のシステムにおいて線形システムはごくごく一部でしかありません.

例えば,サッカーのチームを考えます.メンバーの個々の能力が完璧に数値化されたと考えます.では,チームとしての優劣もその値の足算だけで数値化できるのでしょうか?そのようにはなっていなくて,弱いと思われていたチームが強いチームにかつ場合も多々起こりえます.これが非線形システムの特徴です.すなわち,個々の要素をいくら知り尽くしても,全体としてのシステムを見ないと分からずに解析が出来なくなるのです.

非線形システムに見られる現象として同期があります.リズムのわずかに異なるものをつなげることによりリズムがそろう現象です.下はメトロノームの同期ムービーです.はじめはゆれがバラバラですが,下の台が浮いているのでそのゆれを通して各メトロノームは微小な影響を受け,最終的にゆれがそろいます.このシステムは命令を出す司令塔がいるわけではないのに,個々の動きが全体に影響を及ぼしリズムがそろいます(これを相互同期といいます).心臓の細胞はこれに似たことを行っています.一つ一つの細胞は違ったリズムで動きますが,つなげることにより心臓として一つのリズムになります.

台を吊り下げているひもの長さ(パラメータといいます)を変えると,メトロノームが逆に振れる状態が現れます.このようにパラメータの変化により,行き着く先が変わる現象を分岐と呼びます.

本研究所では,このような「非線形」を合言葉に研究に取り組んでいます.各研究者の研究内容を下記に簡単に紹介します.

神経回路モデルにおける動的準安定遷移過程に関する研究

堀川洋(創造工学部)

 神経回路モデルにおける動的な準安定遷移過程(dynamical metastability, metastable dynamics)について調べています. 動的準安定遷移過程を有する系では,安定な定常状態に至るまでの遷移時間が系の大きさに対して指数関数的に増加します. そのため,系が大きくなると現実的な時間内に定常状態に至ることは無く,その準安定な過渡状態が系の持つ機能にとって 重要なものとなります.本研究者らは,神経回路における動的な準安定遷移過程は,式(1)の単方向結合の環状神経回路に おいて発現することを示しました.

(1)

 この系はすべての素子が正または負の同一の値を取る双安定な空間一様平衡状態 を有します.しかしながら, 過渡状態において,図1のように素子が正の状態(黒色)と負の状態(白色)の2つのパルスに分かれ, それらが結合方向に系内を進行する回転波とそれに伴う各素子の振動が生じます. ランダムに初期値を与えた場合,(a)のように短時間で定常状態に収束する場合もあれば,(b) のように極めて長時間過渡状態に留まり素子の振動が持続する場合があります.


図1 過渡回転波の伝播パターン (初期値:ランダム)


図2 過渡回転波の持続時間T vs 初期パルス幅

 本研究者らは,そのパルス幅 l (パルス内の素子数, 図1内の黒い帯の縦幅)の変化が式(2)で記述されることを,シグモイド関数 f (x) をステップ関数で置き換えることによって解析的に導きました.

(2)

 パルス幅の初期値とすると, 定常状態に至るまでの遷移時間T は図2のように に対して指数関数的に増加し ,式(1)のシミュレーション 結果と式(2)の解析解は良く一致します.また,式(1)の等価回路をオペアンプを用いて作成し, 40個の素子からなる回路で数千回の過渡振動を観測しています.  そして,その後,このような動的準安定遷移過程は様々な素子(Duffing素子,Bonhoeffer-van der Pol(BVP) ニューロンモデル,パラメトリック振動子,Lorenzモデルなど)の単方向結合系において存在することを示しています.

電子機器設計ための非線形システムの解析とモデル化

丹治裕一(創造工学部)

 電子機器内に含まれる電子・電気回路を設計,解析する方法について研究しています. これまでに半導体業界で標準的な回路シミュレータと比較して,最大100倍の演算効率を達成した シミュレータを開発しました.また,大規模な解析も可能なように、コンピュータネットワークを 用いた解析ツールの開発も行っています.最近では特に,自動車,携帯端末に使用可能である高性能 な電源回路の設計に興味を持っています.

PCクラスタ(コンピュータネットワーク)を用いた実験風景

心臓数理モデルの解析

北島博之(創造工学部)

図3 交互脈の例

 図3は脈波の模式図です.図のような脈の大きさが大小…を繰り返す脈を交互脈と呼び, このような脈が出ると突然死のリスクが高くなることが知られています.我々は,心臓の細胞のネット ワーク構造を数理モデルで表し,解析を行いました.

図4 パラメータの変化による交互脈の発生

 結果として図4を得ました.横軸は,モデルの中に含まれるパラメータ(注 釈参照) の一つ(カリウムの平衡電位)です.縦軸は,細胞の電圧の最大値を表しています.(2) の矢印で示した点は2点となっています.最大値が2点をと ると,上記の図のような交互脈の発生を意味します. このように交互脈の発生要因が特定できれば,薬等によりパラメータの値を調整することで,交互脈の発生を 抑制することが可能になります.

パラメータ

 カオスを発生させるような式において,パラメータの値を変 化させると解の性質が突然変わることが あります(分岐と呼びます).交互脈のモデルの中ではパラメータである EK1 の値を変化させると, -90 から -83 ぐらいまでは1点ですが,-82からは突然2点を打つようになります(これを周期倍分岐と呼びます).分岐点を探ることが,交互脈の発生を探ることとな り,色々なパラメータ値を変化させて調べることで交互脈の発生に本質的に関わりのあるパラメータを特定することが可能となります.本研究室では,このような分岐現象の解析を行っています.

変化するネットワークとしての生物・社会システムとその集団ダイナミクス

青木高明(教育学部)

 今日,ネットワークをベースにしたシステムは我々の社会や生活にとって大変重要になっています。Internetに代表される通信網や物流・交通網,あるいはSNSや論文の共著関係など社会ネットワーク,我々の体の中にある細胞内化学反応ネットワークや脳神経系,さらに動植物の捕食関係を示す食物連鎖ネットワークなど,工学・社会・生物における大規模システムでは多数の素子が相互につながることでネットワークを形成し,全体として機能的なシステムを構築しています。このような大規模で複雑なネットワークをベースにしたシステムを如何に安全に,また効果的に機能させるか,という問題は社会インフラ構築や,漁獲などの環境問題などの多方面の分野に必要とされる基盤の問題です。私はこのネットワークシステムを大自由度の非線形結合系として捉えることで,力学系の視点から解析を進め,そして応用分野における諸問題を解決していきたいと考えて研究を進めています。

詳しくは、Link [http://www.ed.kagawa-u.ac.jp/~aoki/Research.htm]を参照下さい.

眠気抑制技術の開発

浅野裕俊(創造工学部)

 現在,脇見や漫然運転等による不注意型の事故は全体の約3割を占めていますが,この事故原因の一つとして主に長時間運転等による疲労の蓄積 や飽きによる一過性の覚醒低下があります.特に高速自動車国道等では死亡事故に至る割合も高く,居眠り運転による大型車の事故は社会的な課題 といえます.加害者や被害者を生み出さないためにも,自動車事故数を軽減するための対策を行う必要があります.  私達は,ドライバーに心理的負担をかけずに眠気のみを抑制する,アンビエント型の生体制御技術(人間が気付かない程度の刺激を使って生体をコントロールする技術)に取り組んでいます.従来研究では,様々な手法を用いて「眠気を検出する」ことを目的としているものがほとんどですが,本技術は「眠気そのものを起こさせない」ようにすることを目的としています.

研究テーマ「ソフトコンピューティングによる様々な非線形問題の解決」

松下春奈(創造工学部)

 実社会にある様々な問題を,ソフトコンピューティングを用いて解決することを目的として研究しています.ソフトコンピューティングとは,人間や動物等の生物が行っている学習能力や振る舞いをコンピュータで実現しようとする技術のことで,代表的なものとしてニューラルネットワークと呼ばれる人工知能や,遺伝的アルゴリズムという最適化技術があります.私は,これらのソフトコンピューティング技術を用いて,実社会に存在する様々な問題を解決しようと試みています.実社会問題の例としては,カーナビゲーションに代表されるような出発点から目的地までの最短経路を求める問題や,近年急速に増えている通信データを効率良く通信するための通信経路の探索,膨大な量のアンケート結果から自動的にその特徴や類似点を探る方法等があります.これらの問題は非常に複雑で,全パターンを考えてしらみ潰しに解析するにはとてつもなく長い時間を必要とします.これらの問題を効率的に自動的に解決する方法として,自然界に着想を得た最適化アルゴリズムの提案や,人間の考え方を取り入れたデータ解析技術の開発、そしてそれらの実社会問題への応用を行っています.

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