令和8年8月12日 更新
例えば、水素原子の波動関数を求めることを考えます。 水素原子では、原子核である陽子と電子との間に働くクーロン引力を 中心力ポテンシャルとしてハミルトニアンを構成し、 時間に依存しないシュレディンガー方程式を解くことによって、 電子の波動関数を求めることができます。
水素原子のポテンシャルは原子核からの距離 r のみに依存する 球対称なポテンシャルであるため、直交座標 (x, y, z) よりも、 球座標 (r, θ, φ) (三次元の極座標)を用いると便利です。 このとき、シュレディンガー方程式に含まれるラプラシアンも 球座標に適した形に変換します。
球座標で表したシュレディンガー方程式は変数分離することができ、 波動関数は、動径方向を表す r だけの関数である動径関数 Rnℓ(r) と、角度 θ, φ だけの関数である 球面調和関数 Yℓm(θ, φ) の積として、
ψnℓm(r, θ, φ) = Rnℓ(r) Yℓm(θ, φ)
と表すことができます。 ここで現れる Yℓm(θ, φ) が 球面調和関数です。
動径方向の方程式を解く過程では陪ラゲール多項式 (associated Laguerre polynomials)が現れます。 一方、角度方向の方程式を解くと、θ に関する部分には 陪ルジャンドル多項式(associated Legendre polynomials)が現れ、 φ に関する部分と組み合わせることによって、 球面調和関数 Yℓm(θ, φ) が得られます。
球面調和関数は、方位量子数 ℓ と磁気量子数 m によって指定されます。 方位量子数 ℓ は、
ℓ = 0, 1, 2, 3, ...
の値をとります。 原子軌道の分光学的表記では、 ℓ = 0, 1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, ... に対して、 それぞれ s, p, d, f, g, h, i, k, ... 軌道と表します。 前述の通り、jは使いません。
また、ある方位量子数 ℓ に対して、磁気量子数 m は、
m = -ℓ, -ℓ+1, ..., -1, 0, 1, ..., ℓ-1, ℓ
の値をとります。 したがって、一つの ℓ に対して、 2ℓ+1 個の異なる m の値が存在し、 それぞれに対応する球面調和関数があります。
球面調和関数は波動関数の角度方向への依存性を表しており、 原子軌道の形や方向性、角度方向の節の構造を決定する重要な役割を持っています。 例えば、ℓ = 0 は s 軌道、ℓ = 1 は p 軌道、 ℓ = 2 は d 軌道、ℓ = 3 は f 軌道の角度部分に対応します。
したがって、主量子数 n と方位量子数 ℓ によって定まる 動径関数 Rnℓ(r) と、 方位量子数 ℓ および磁気量子数 m によって定まる 球面調和関数 Yℓm(θ, φ) を 組み合わせることによって、水素原子の原子軌道を表す 波動関数 ψnℓm を得ることができます。
このページに示した図は、球面調和関数の角度依存性を 三次元的に可視化したものです。 したがって、これらの図は動径関数を含む 水素原子の波動関数全体を表したものではありません。 球面調和関数は、原子軌道の「形」や「方向性」を理解するための 重要な部分を表しています。
通常、原子軌道としてよく目にするのは s, p, d, f 軌道ですが、 数学的には方位量子数 ℓ に上限はなく、 ℓ の値をさらに大きくした球面調和関数も考えることができます。 ℓ が大きくなるにつれて角度方向の節の数が増加し、 球面調和関数の形は次第に複雑になります。 このページでは、通常の s, p, d, f 軌道だけでなく、 g, h, i, k 軌道、さらに大きな ℓ の値についても、 球面調和関数の形を示しています。