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ごあいさつ

 平成14年4月に香川大学工学部に着任しました。材料創造工学科の一員として、電子論的な手法を用いることで、主に物理と化学が融合する様な分野から、新しい機能性材料を設計・開発することを目的として研究しています。具体的には、有機物と無機物とからなる金属錯体という物質の伝導性や磁性、光応答性などに興味を持っています。ちょっと難しそうに聞こえるかも分かりませんが、実は動物の血液の中にあるヘモグロビンやミオグロビン、植物の葉緑体(クロロフィル)など、みんな金属錯体です。これらの物質は、有機物と無機物とを橋渡しするもので、生物が生物らしく、人間が人間らしく生きていくためには必要不可欠なものなのです。新しい物質をゼロから作り上げるのは非常に大変ですが、私たちの研究室では、身の回りにある動植物の生体内に既に存在している物質(金属錯体、私たちは有機・無機複合電子系と呼んでいます)の構造や機能を”マネ”させて頂くことで、さらに人間に役に立つ新しい物質を開発していこうと考えています。

 現在研究室には、修士課程の大学院生と学部生が在籍しています。彼らとともに、単分子磁石の構造とスピン間に働く相互作用、有機分子磁石、金属錯体のスピンの制御やポルフィリンによる光の三原色、DNAと化学物質の相互作用、フラーレンやカーボンナノチューブの構造、希少糖のX線構造解析、熱電材料、酸化マンガンの反強磁性的相互作用、そして吸光・発光新物質の高効率開発などの研究を行っています。主に、京都大学の足立裕彦教授らによって開発されたDVーXα分子軌道法というシミュレーションを行い、香川大学農学部の先生方、東北大学、東京工業大学や大阪大学、理化学研究所や物質・材料研究機構、さらには韓国の電気研究院やドイツのカッセル大学の研究者などと共同研究を進めています。



Today chemists experiment just as much on their computers as they do in their labs. Theoretical results from computers are confirmed by real experiments that yield new clues to how the world of atoms works. Theory and practice cross-fertilize each other. (http://www.nobelprize.org/)



主な研究テーマ

テーマ 1 有機磁性体の構築と強磁性的・反強磁性的相互作用のメカニズムの解析
テーマ 2 カーボンナノテクノロジー。フラーレン、カーボンナノチューブの薄膜生成と光・磁気・伝導特性の解明、および共晶化合物の電子状態、内包フラーレンのインターレイヤーバンド
テーマ 3 磁性金属錯体の高スピン・低スピンメカニズムの解明とスピンクロスオーバー現象の外場による制御、および配位子場分裂の制御と磁性・光応答性
テーマ 4 錯体化学における混成軌道と分子軌道との翻訳
テーマ 5 希少糖分子の化学修飾における電子状態、希少糖分子の化学安定性、および希少糖単結晶のX線構造解析、希少糖関連酵素の電子状態
テーマ 6 単分子磁石。多核金属錯体におけるスピン間強磁性、反強磁性相互作用の電子状態と相互作用発現のメカニズム
テーマ 7 ポルフィリンおよびポルフィリン誘導体、拡張π共役系における電子状態と光励起・光吸収・光発光
テーマ 8 新規鉄鋼材料の高効率的な材料設計指針の開拓、絨毯爆撃からピンポイント爆撃へ
テーマ 9 多重結合の科学、四重結合[ReCl4]22-、五重結合Cr-Cr, U-Uと配位子、配位環境、d軌道の一軸異方性と軌道の配向性制御
テーマ 10 光合成酸素発生中心金属クラスターの構造と電子状態、水分子の分解メカニズム
テーマ 11 配位子場分裂の自由自在制御、二次元分光化学系列、ユニバーサルな田辺・菅野ダイヤグラムの作成

電子論を用いた新材料設計

●基本的な材料設計指針

 伝導性や磁性、光応答性など物性測定結果をもとに、分子軌道計算と分子動力学計算を行い、材料合成にフィードバックする「ピンポイント爆撃的合成」。

●伝導性の良い材料を設計するためには

 エネルギー準位計算を行い、易動度(mobility)を高くするための指針(電子相関)、HOMO-LUMOギャップの減少(半導体の場合)、キャリア濃度の増大(金属の場合)など。

●新しい超伝導体を得るためには

 これまでのクーパー対とは異なる考え方。互いに反発する電子間に引力を持たせるためにスピン(反強磁性)を用いる。d−π相互作用を用いた超伝導材料の設計。

●光応答性の高い材料を設計するには

 DOSの議論(光の吸収・発光)。金属錯体における色のメカニズム(d→d、d→π、π→π*、M→L遷移など)。遷移状態法によるエネルギー計算。

●熱電性能の高い材料を設計するためには

 熱電性能指数 Z = S^2 * σ ÷ κ を大きくする。具体的には、ゼーベック係数( S) を大きくし、電気伝導度 (σ) を大きくし、熱伝導 (κ) を小さくする。そのためには金属でも絶縁体でもだめで、半導体がもっとも良い。また格子振動の寄与が最も重要。

●材料としての金属錯体の特徴

 高い設計性と高い機能発現性を同時に兼ね備える。特殊な酸化状態・電子状態を有し、低次元物性材料としての応用も可能。

●強い磁性材料を設計するためには

 スピン間に働く相互作用の調整と、バルクにスピンを同じ向きに向かせるための単結晶合成技術が必要。有機磁性体の場合は、分子軌道法と荷電子結合法で説明可能。さらにVENUSを用いて波動関数を三次元可視化することにより、視覚的にスピン間の相互作用を予測することが可能。

●強い誘電材料を設計するためには

 構造の安定性と電子の分極性を兼ね備えた材料の設計指針が必要。有効電荷と結合次数を同時に議論することが可能。

胎蔵界曼荼羅

量子材料科学曼荼羅(京大 足立裕彦 先生)

有機物と無機物、そして金属錯体へ

 皆さんは、人間が有機物か?無機物か?と尋ねられたら、必ず「有機物である」と答えるでしょう。確かに人間の体を構成している蛋白質や脂肪などは有機物です。有機物は、私たち人間には欠かせないもので、私たちが直接手に触れる物、身につける物、口から取り入れる物はほとんどが有機物です。ですから、「有機物 イコール 生物」と考えてしまいがちになりますが、実は誤りです。事実、身の回りには、「生きていない」有機物がたくさん存在します。

 一方、金や銀、鉄や銅、コバルトやマンガンなど数多くの無機物が世の中には存在します。これら無機物のことを「生物だ」と言う人は誰もいないでしょう。無機物はこれまで、電気を流したり磁性を発現したり、光に応答したりと、人間の生活か豊かで便利になるために応用されてきました。しかし無機物そのものは生物ではありません。

 実は、人間が人間らしく、生物が生物らしく生きるためには、金属錯体が必要不可欠です。つまり、無機物は当然生物ではなく、有機物だけでも生物ではなく、有機物が「生きて行く」ためには、金属錯体が必ず必要なのです。無機物である金属はそのままでは生体内に取り込まれることは出来ませんが、金属の周りを有機物(配位子)で囲むことによって、生体内に取り込むことが出来る様になります。先に紹介したポルフィリンを例に取ると、様々な金属を有機ポルフィリン配位子が囲んでいます。中心金属が鉄の場合、動物の血液の中でヘモグロビンとなり、酸素を運搬する様になります。また、中心金属がマグネシウムの場合、植物の中で葉緑体となって、光合成を起こす様になります。この様に酸素を運搬したり光合成を行ったりと言った、「生物が生きていくために必要なしくみ」は、有機物だけで引き起こすことは不可能です。すなわち、金属錯体こそが、生物であることの証明であるとも言えます。

生体材料人工骨へ

 科学の進歩とともに、人間の寿命もだいぶ延びてきました。最近では超高齢化社会などとも言われています。寿命が延びた最大の原因は、やはり医療の発達とそれに伴う内臓疾患の減少とによるものが大きいと思われます。しかし骨はどうでしょうか?以前に比べて骨も丈夫になっていますか?

 残念ながら骨は、どんどんと脆くなっているようです。それは運動不足や食生活の変化(魚介類カルシウムを取らず、牛乳カルシウムを多く取る習慣)になったために、一説には逆に骨粗鬆症を引き起こしているとも言われています。

 今後超高齢化がますます進めば、骨の問題はとても深刻です。例えばお年寄りが骨折をすれば、それは寝たきりになる可能性が高まり、寝たきりになれば認知症(痴呆)になる可能性が高まり、認知症になれば本人だけでなく介護する周りの家族までも不幸になってしまいます。そうならないためには、骨折初期の段階で、迅速に骨治療を行うことが望まれています。

 さらに「歯」の問題もあります。骨と歯の主成分はほとんど同じです。最近の調査研究によれば、お年寄りが自分の歯が多ければ、入れ歯のお年寄りと比べて格段に医療費が少なくてすむという結果が出ています。つまり歯を大切にすることで、長生きの元となる内臓疾患を軽減させることが可能となってきます。心臓病やアルツハイマーも防ぎ、「一生自分の歯で」と考えている人は年々増加しています。

 私たちは、今後の超高齢化社会を見据え、新しい生体材料、人工骨についての研究を進め、人工骨のみが持つ骨伝導のメカニズムなどを詳しく調べていきたいと考えております。