平成20年度
大学改革推進事業・大学教育の国際化加速プログラム
(海外先進教育研究実践支援:研究実践型)

研究成果報告


事業名: フォト・スピントロニクス情報デバイスの開発
事業推進担当者: 工学部材料創造工学科 宮川 勇人
滞在機関: 米国、マサチューセッツ工科大学 (Massachusetts Institute of Technology: MIT)
派遣期間: 平成20年4月1日〜平成20年9月30日



1. 事業概要
次世代の情報化社会を牽引する代替技術として、従来の電荷制御型半導体デバイスに磁気スピンと光発光吸収特性を併せ持たせたフォト・スピントロニクス情報デバイスの開発研究を、MIT材料科学工学科のC.A.Rossグループと香川大学工学部との共同研究体制のもとに実施した。異種組成相、異種機能相を組み合わせた複合人工ナノ周期構造の作製技術ならびに構造、特性の評価技術の習得および実践を行い、機能発現の理論構築と予測設計に成功すると同時に、国際的な研究交流を通じ大学教育研究の高度化を推進した。


2. 主な研究内容
(1)多重交換バイアス・メモリーデバイスの作製・評価
ハードディスク装置の情報検出デバイスとして交換バイアス材料(軟磁性層の磁気モーメントをそれと接する反強磁性層によって固定する方法により磁気抵抗信号を増強する材料)が既に応用されているが、更に交換バイアス層を多重に積層させることで複数の信号を1つの素子内部に記録可能な階段型の磁気特性となることが予測されている。この多重交換バイアス膜を実際に作製し、その特性評価・改善を実施した。(図1参照)交換バイアス間の非磁性層の元素により上部組織が変化し特性に大きく影響を及ぼすことを見出した。バイアス異方性に加え、人工ナノ・アレイ構造により更に磁気異方性を付与することで特性の安定化と多機能化を有するデバイスが開発可能となる。



図1 多重交換バイアスによるメモリ材料の磁気特性評価


(2)磁性体/光半導体融合デバイス材料における構造ならびに電子状態調査
微量の磁性元素(希土類元素や遷移金属)をIII-V族光半導体へ添加したり(希薄磁性半導体)、埋め込むこと(ハイブリッド埋め込み構造)で磁気スピンと光特性・電気特性との相互作用を利用する融合素子への応用が可能となる。香川大学工学部において作製した希土類ドープGaAs半導体やFe埋め込み構造体の特性評価をRossグループの磁気評価技術を用いて行うと同時に、X線反射と透過型電子線顕微鏡による構造評価と、放射光を用いた光電子分光実験を行い電子の束縛状態についても調査した。磁性元素のドープ量だけでなくAsとの結合状態が強磁性の室温安定性に強く影響していることを明らかにした。また、GaAsマトリクスへの埋め込みに成功し、磁気特性評価の結果、埋め込まれたFe粒子は大変小さく全体として超常磁性となっていることを明らかにした。更に埋め込み量の増加や他元素の置換混入が重要となっている。



図2 半導体/磁性体複合構造の高分解能電子顕微鏡写真


(3)磁性体ナノ周期構造内部に働くスピン・エネルギーの研究
ナノサイズの周期構造を3次元的に編みこんだ人工ナノ周期構造の磁性デバイス材料を作製し、その特性評価からスピン・エネルギーを評価した。面直方向における周期性によりスピン間の交換相互作用が競合する結果、スピン配向の特異な温度依存性を示した。ナノ形状を考慮したシミュレーションによって理論的にスピン配向を予測し交換パラメータを定量評価することで元素戦略的なデバイス設計を可能とした。また面内方向のライン・パタニングを付与したサンプルにおける特性評価も行った。種々のスケールのパタニングによって面内方向の双極子作用が及ぼすデバイス性能の変化を調査した。



図3 理論シミュレーションによる積層磁性体内部のスピン状態。


(4)スピンホール・デバイスの試作と検証
紫外光を用いた干渉性リソグラフィー・パタニング法を用い、半導体上にナノメートル幅の金属ライン配列を形成させることでスピンホール効果の検証を行った。金(Au)のナノラインに電流を流すことで上下方向へのスピン流の発生させ隣接する磁性ラインの偏極を検証したところ、異方性効果が大きいことが判明した。今後、ラインと垂直方向に磁気異方性を付与したサンプルにより偏極評価、さらにスピン偏極の検出に敏感な磁気円二色性実験を行い、より実践的なデバイス開発研究を香川大学とMITとの共同研究体制のもとで進めていく予定である。



図4 電流を流すだけでスピン流を発生させるスピン・ホール効果の例
(a) 電流が流れている間のみスピン流が発生 (b) 異方性の付与により電流で磁性を制御


3. 研究教育システム
本プログラムの期間(4月から9月末まで)は米国の大学における年度の切り替わり期間が含まれており、学生ならびに研究者の入れ替わりも激しかったものの、その分多くの人々との交流をはかることができた。有名な磁性の教科書の著者 O’Handley(本年退官)の大学院の最後授業(Magnetic Materials)を受講することができ、また最後には授業内にて「放射光磁性解析手法」と題した発表も行った。学生皆が学問に対し貪欲なまでの熱意を持っていることが印象にのこった。また、6月中旬から8月下旬までの夏休みの長さにも驚いたが、その間にMITでは学部生対象の研究プログラム(Undergraduate Research Opportunities Program)が開催されRossグループにも何名かの学生が夏休み期間中のほぼ毎日研究の手伝いにきていた。これは希望者のみではあるものの、学部の1年から3年の3度の夏休みを大学院の研究室で過ごすことで先進研究に直に触れることのできるプログラムである。有能な学生の育成には大変有効である。また、研究環境においては、充実した実験機器・装置類に加え、インターネットを介した管理体制の充実度に感銘を受けた。共同利用施設の使用状態の確認や予約、そして授業資料のダウンロード、化学薬品や備品等のネットを介した管理システムなど多くの事務的な作業が電子化され大変機能的に動いていた。無駄な時間を減らし、教育研究を優先的かつ実質的に行うことのできる環境が完備されていた。一方でMITにおける大学教員資格(Tenure)を取るのは条件が大変厳しく、多くの研究者が自らの獲得した研究費で自身を雇うという限定された立場において大きな研究成果を上げていた。日本に比べ巨額の研究費が投入されている米国ならではシステムといえる。




MIT の DMSE(マテリアル科学科)と、Rossグループのメンバー




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研究室の写真1


研究室の写真2


研究室の写真3



4. 今後の展開
今回の派遣において、フォトスピントロニクス情報デバイス材料の作製、構造評価、特性評価を行い、各要素技術の習得と共同研究体制としての研究環境整備を行い、いくつかの基礎的な研究成果を上げることができた。本プロジェクトで始まった研究については香川大学ならびにMIT学生の学士過程および修士博士課程のテーマとして現在継続中である。また、MITのみならず、韓国(KAIST, GIST)、スペイン(Zaragoza大, Madrid大)などといった国際的な研究者ネットワークと国内の放射光施設との連携により、今後香川大学を中心とした先進研究および学生教育を促進していく予定である。




Rossグループの人たち




2008 Oct.
H.Miyagawa