舟橋研究室
創造工学部 先端マテリアル科学コース  工学研究科 材料創造工学専攻
Funahashi Group
English page is here.
研究内容
メンバー
研究業績
主要設備
共同研究
アクセス
トップページ
その他
強誘電性液晶半導体の光起電力効果と電界発光
バルク光起電力効果

 通常の光起電力効果は、p-n接合やショットキー接合の局所的に生成した電界を駆動力として利用している。電界の起源は分子・原子間の電荷移動であり、発生しる電圧は活性物質のバンドギャップに制限される(図1(a))。
 それに対して、強誘電体では、バンドギャップに制限されない高電圧が発生しうる。通常、強誘電体はバンドギャップが広く、絶縁体であるが、紫外光照射によって光キャリアが生成されると、光伝導性を示す。その際、自発分極によって生じる内部電界に由来するバルク光起電力効果が知られており、バンドギャップをを越える高電圧の発生が確認されている(図1(b))。しかし、発生する電流はnAのオーダーであり、エネルギー変換効率は0.1 %に満たない。近年ビスマスフェライトでのバルク光起電力効果が注目されているが、温度領域が室温以下であり、可視光を吸収しない事、薄膜作製に真空プロセスを要する事などが問題となっている[1]。有機強誘電体においても、古くは雀部、田坂による光起電力効果の報告があるが、無機材料と同様に、光電流は小さく、変換効率は低い。近年、中村により有機電荷移動錯体において、シフトカレントが観測されているが、温度領域は100 K以下である。
 我々は、強誘電性液晶中での光起電力効果を検討した。通常の強誘電性液晶は電気的に絶縁体であり、近紫外・可視光を吸収しないため、光起電力効果を示さない。我々は、分子内に拡張されたπ電子共役系を有する強誘電性液晶を新たに合成し、強誘電相であるキラルスメクティックC(SmC*)相において、直流電圧を印加し分極状態を作り、そこに紫外光を照射した際に発生する光電流を測定した(図1(c))。

 
図1(a)通常の二層型有機薄膜太陽電池の原理 (b)強誘電体におけるバルク光起電力効果 (c)強誘電性液晶における光起電力効果の模式図
 
 フェニルターチオフェンに極性基であるフルオロ基とキラル側鎖を導入した強誘電性液晶1を合成した(図2(a))[2,3]。この液晶化合物の強誘電相において、自発分極によって発生した内部電界を駆動力とするバルク光起電力効果を初めて観測した。分極処理電圧の極性を反転させる事により、光起電力効果の極性も反転できる。
 このような光起電力効果は、イオン性の不純物による分極によっても起こりうる。しかし、本光起電力効果は液晶材料のエナンチオマー純度に強く依存し、ラセミ体では光起電力効果が消失する(図2(b))。この結果は、化合物の強誘電相における光起電力効果が液晶分子のキラリティーによる対称性の破れに由来するバルク光起電力効果である事を示している。強誘電性液晶におけるバルク光起電力効果を世界で初めて確認する事に成功した[4,5]。
 
図2(a) 強誘電性液晶半導体1の分子構造と強誘電相(SmC*相)での短絡状態での光電流応答 (b) 強誘電相での光電流のエナンチオマー純度依存性 
 
 図3(a)に示すように、SmC*相の低温側に出現する高次のキラルスメクティック相はπ電子共役系が密に凝集しているので高いキャリア移動度を示す。また、原理的には自発分極を示すものと期待される。ただし、粘性が高く、強電界を印加しても分極反転は起こらない。化合物1では、SmC*相において直流電圧を印加し、冷却して高次のスメクティック相に転移させると、電気的に分極した高次スメクティック相を形成する事ができる。図3(b)(c)に示すように、この分極した高次相では光起電力効果の増強が起こる。π共役ユニットが密に凝集するためにキャリア移動度が向上するため出ると考えられる[6]。
 図3(d)に示す、極性基を導入した化合物2においても、高温側のSmA*相から直流電圧印加状態で冷却する事により、分極した高次スメクティック相を精製する事ができる。分極した高次相では、対称型のデバイス構造であるにもかかわらず、開放電圧は0.8 Vに達する(図3(e))[7]。
 
図3(a) 高次のキラルスメクティック相の模式図 (b) 高次のキラルスメクティック相での異常光起電力効果 (c) 高次のキラルスメクティック相でのJ-V特性 (d) ダブルキラル型強誘電性液晶半導体2の分子構造と相転移温度 (e) 化合物2の高次相でのJ-V特性 
 光キャリア生成効率の向上には、p型半導体とn型半導体の相分離を利用したバルクヘテロ接合の構築が有効である。分光感度を可視域に拡張するためにも、可視域に光吸収帯を有するn型半導体との複合化は有効である。図4(a)に示すように、 化合物1にフラーレン誘導体2、あるいは、3を添加すると、可視光照射に対しても光起電力が生じる(図4(b))。特に、アルキル鎖を導入したフラーレン誘導体3を添加した場合に、SmC*相から低温相への冷却の際の直流バイアスの極性を反転する事により、光起電力セルの極性を反転する事ができた図4(c) [8]。
 
図4(a)強誘電性液晶半導体、および、フラーレン誘導体の分子構造  (b)可視光照射時の光電流応答 (c) フラーレン誘導体3を13 mol%添加した試料のJ-V特性 
 強誘電性液晶2にフラーレン誘導体**を8 mol%添加したところ、液晶相でフラーレン誘導体が結晶化し、数μm程度の微結晶が形成された。SmA*相において、直流電圧を印加しながらCSm*相に冷却すると、分極した高次の液晶相が形成される。この分極相において、紫外光を照射したところ、
 
強誘電性液晶を用いた偏光制御型電界発光素子
 
 液晶化合物2の高次のキラルスメクティック相において、電界発光が起こる事を見出した。厚さが2 μmであるにもかかわらず、10 Vで発光する。自発分極によって生じた内部電界によって電極からのキャリア注入障壁が低下しているものと考えられる。カソードに化学的に不安定なCaを用いる必要がなく、厚さが1 μmを越える素子も効率的に発光させる事ができるのは興味深い。
 分子を一軸配向させておくこと、直線偏光を発する電界発光素子を作成でき、分極処理の極性を反転させる事により、偏光面を90度回転させる事ができる(図5)[8]。
  
 図5 強誘電性液晶半導体2からの偏光電界発光と、偏光面の回転
バルク光起電力効果の開放電圧の飛躍的向上

 バルク光起電力効果においては、原理的にはバンドギャップを超える開放電圧が得られるはずである。しかし、これまで強誘電性液晶のバルク光起電力効果においては、1 Vを超える開放電圧が観測された例はない。近年注目されている電荷移動錯体のシフトカレントにおいては、数Vの高い開放電圧が得られるものの、100K以下の低温域に限定されており、室温付近で高い光起電力が得られた例はない。
 本論文では、双極子モーメントの大きなフルオロ基やカルボニル基を導入した液晶性強誘電半導体2とフラーレン3の混合物に着目した(図6(a))。高温側の常誘電性の液晶相において直流電圧を印加して強誘電相に冷却すると、分極した強誘電相が出現する。強誘電相では、液晶相中でフラーレン誘導体が数m程度の大きさの微結晶を形成する(図6(b))。液晶/フラーレン微結晶界面で効率的に光キャリアが生成するため、近紫外-青色域での外部量子収率は70%を超える。また、強誘電相での強い内部電界により、開放電圧は1.2 Vに達する(図6(c))。通常の太陽電池と異なり、正負両電極に化学的に安定なITO電極を使用でき、不安定なCa電極は不要である。その他にも、強誘電相での高い誘電率が光キャリアの生成を促進している可能性、強誘電相での内部電界が電極面でのホール・電子注入障壁を低減している可能性が示唆されている[12]。


図6(a) 液晶性強誘電半導体とフラーレン誘導体の分子構造 (b) 強誘電相での偏光顕微鏡写真 (c) 強誘電相での電流電圧特性

本研究を進めるにあたり、科学研究費基盤研究B(21H01904)、池谷科学技術振興財団単年度研究助成、小笠原科学振興財団研究助成金、住友電工社会貢献基金、文部科学省ナノテクプラットフォーム事業(No. JPMX09F19GA0004)の支援を受けている。また、本研究成果に関するイラストが、英国化学会の学術誌Materials Chemistry Frontiresの表紙に採択されている(図7)。
            
図7 Materials Chemistry Frontiersの表紙に採択されたイラスト

 
バルク光起電力効果・分極誘起電界発光に必要な分子凝集構造

 拡張π電子共役系を組み込んだ強誘電性液晶は、半導体的な電荷輸送性を示す一方で強誘電体のような自発分極を示し、分極で発生した電界と伝導キャリアが相互作用することによりユニークな電子機能を示すことを見出してる。自発分極によって生じる内部電界によって光発電ができるバルク光起電力効果と内部電界によってキャリア注入が促進され、マイクロメーターレベルの厚膜が低電圧で電界発光する分極誘起電界発光である。これらの現象は、通常のp-n接合を利用した太陽電池や電界発光素子と異なり、同一の陰極と陽極を用いた対称型素子で実現でき、ポーリング電圧の極性を反転させることにより、素子の極性を反転させることが可能である。分極誘起電界発光においては、極性反転の際に分子が回転するため、電界発光の偏光面を回転することができる。当研究室は世界で初めてこれらの現象を見出しましたが、これらの現象と分子構造、分子の凝集構造との関係は十分に解明されていなかった。
 本論文では、同一のπ電子共役系を有するジアステレオマーを合成し(図8(a))、これらの化合物の液晶性と電子物性を比較した。二つのジアステレオマーのうち、化合物(S,S)-4が強誘電性で、分極誘起電界発光とバルク光起電力効果を示した。化合物(S,R)-4の液晶相ではクロモフォアが層法線に対して平行であるのに対して、化合物(S,S)-4は液晶相においてクロモフォアが層法線に対して45度傾く(図8(b))。一軸配向した試料では偏光電界発光がみられ、ポーリング電圧の極性を反転させると、偏光面が90度回転する(図8(c))。白色光を照射すると光起電力が発生し、開放電圧は1 Vを超える。これらの結果は、キラルな分子が傾き、相の対称性が破れて分極が発生することを示している。

図8(a) 本研究で合成したジアステレオマーの分子構造 (b)化合物(S,S)-4の液晶相での分子凝集構造の模式図 (c) 化合物(S,S)-4の偏光電界発光 (d) 化合物(S,S)-4の液晶相での電流-電圧特性(白色光20 mWcm-2照射)

 本研究を進めるにあたり、科学研究費基盤研究B、池谷科学振興財団、JKA研究補助、文部科学省ナノテクプラットフォーム事業(No. JPMX09F19GA0004)の支援を受けている。
また、本論分はBCSJの優秀論文に選出され、研究に関するイラストがInside Coverに採用されている(図9)。

                   
図9 BCSJの優秀論文に選出されたInside Cover

 本研究はJKAの研究補助事業の支援を受けました。
 
 
 
 参考文献
  1. M. Funahashi, "Chiral liquid crystalline electronic systems", Symmetry, 13, 672 (2021).
  2. M. Funahashi, "Solution-processable electronic and redox-active liquid crystals based on the design of side chains", Flexible and Printed Electronics, 5, 043001 (2020).
  3. Y. Funatsu, A. Sonoda, M. Funahashi, "Ferroelectric liquid crystal bearing terthiophene moiety", Trans. Mater. Res. Soc. Jpn., 38, 373-375 (2013).
  4. Y. Funatsu, A. Sonoda, M. Funahashi*, "Ferroelectric liquid-crystalline semiconductors based on a phenylterthiophene skeleton: Effect of introduction of oligosiloxane moieties and photovoltaic effect", J. Mater. Chem. C, 3, 1982-1993 (2015).
  5. A. Seki, Y. Funatsu, M. Funahashi*, "Anomalous photovoltaic effect based on molecular chirality: Influence of enantiomeric purity on the photocurrent response in π-conjugated ferroelectric liquid crystals", Phys. Chem. Chem. Phys., 19, 16446 - 16455 (2017).
  6. A. Seki, M. Funahashi*, "Photovoltaic effects in ferroelectric liquid crystals based on phenylterthiophene derivatives", Chem. Lett.,45, 616-618 (2016).
  7. A. Seki, M. Funahashi*, " Chiral photovoltaic effect in an ordered smectic phase of a phenylterthiophene derivative", Organic Electronics, 62, 311-319 (2018).
  8. M. Funahashi*, Y. Mori, "Linearly polarized electroluminescence device in which the polarized plane can be rotated electrically using a chiral liquid crystalline semiconductor", Mater. Chem. Front., 4, 2137-2148 (2020).
  9. Y. Mori, M. Funahashi*, "Bulk photovoltaic effect in organic binary systems consisting of a ferroelectric liquid crystalline semiconductor and fullerene derivatives Organic Electronics", Organic Electronics, 87, 105962 (2020).
  10. J. Nakagawa, A. Seki, M. Funahashi*, "Enhancement of Spontaneous Polarization and Acid Vapor-Induced Polymerization in the Thin-Film States of Phenylterthiophene Derivative Bearing a Cyclotetrasiloxane Ring", Crystals, 10, 983 (2020).
  11. A. Seki, M. Yoshio*, Y. Mori, M. Funahashi*, Ferroelectric Liquid-Crystalline Binary Mixtures Based on Achiral and Chiral Trifluoromethylphenylterthiophenes", ACS Applied Materials and Interfaces,12, 53029−53038 (2020).
  12. M. Funahashi, "High open-circuit voltage in the bulk photovoltaic effect for the chiral smectic crystal phase of a double chiral ferroelectric liquid crystal doped with a fullerene derivative", Mater. Chem. Front., 5, 8265–8274 (2021). 
  13. Y. Matoba, S. Uemura, M. Funahashi*, Diastereomeric Effect on Bulk Photovoltaic Property and Polarized Electroluminescence in Ferroelectric Liquid Crystals Containing an Extended π-Conjugated Unit, Bull. Chem. Soc. Jpn., 96, 247-256 (2023).
 
最新情報