有機薄膜太陽電池や発光トランジスターを実現するには、p型半導体とn型半導体を複合化し、ナノメータースケールでp/n接合を形成する必要がある。そのためには、分子間の弱い相互作用を精密にコントロールする必要がある。その一方で、産業的な要請として、溶液プロセスによるデバイス作製がある。そのためには、有機溶媒に対して高い溶解度を有する有機半導体が必要である。特に、インクジェット法によるデバイスの作製には、高い溶解性が必要とされる。 液晶性の誘起や溶解性の向上のために、これまでπ共役系にアルキル鎖を導入する手法が用いられてきた。特に、分岐アルキル鎖の導入は溶解性の向上に有効である。しかし、その一方で立体障害のため、分子の配向・パッキングを乱し、電荷輸送性を損なうという欠点があった。 我々の研究グループでは、アルキル鎖よりも熱運動の効果が大きく液体的なコンフォメーションをとりやすいオリゴシロキサン鎖に注目した。オリゴシロキサン鎖のSi-O結合はC-C結合に比べて長く、回転のエネルギー障壁が小さい。それに加えて、オリゴシロキサン鎖同士の相互作用によるナノ相分離も期待できるそこで、代表的なn-型有機半導体であるペリレンテトラカルボン酸ビスイミドにオリゴシロキサン鎖を導入した化合物を合成した。 側鎖末端にオリゴシロキサン鎖を導入したペリレンビスイミド誘導体は室温でカラムナー相を示し、−100℃に冷却しても結晶化しなかった(図1(a))。これらの化合物はアルコール以外の有機溶媒に対して高い溶解性を示し、n-ヘキサンやシクロヘキサンのような非極性溶媒に対しても、30 wt%以上の高い溶解性を示した。図1(b)に化合物1と2のX線回折パターンを示す。化合物1は室温でヘキサゴナルカラムナー相を示す。化合物2は47℃以上でヘキサゴナルカラムナー相を、室温でレクタンギュラーカラムナー相を示す。化合物2のカラムナー相は、ペリレンビスイミド部位が3.4 Åの周期で積み重なったオーダード相であった。これらの化合物のカラムナー相では、X線回折より得られた格子定数は分子サイズよりも小さく、オリゴシロキサン鎖が相互浸透してカラムナー相を安定化している事が示唆された。ペリレンビスイミド部位がスタックして結晶的な1次元伝導パスを形成し、その周囲を液体的なオリゴシロキサン部位が取り巻いた、コア―シェル構造が形成されているものと考えられる。 |
図1(a) 側鎖にオリゴシロキサン鎖を有する液晶性ペリレンビスイミド誘導体の相転移温度 (b) X線回折パターンと液晶相での凝集構造 |
化合物2は室温で0.1 cm2/Vsを越える高い電子移動度を示した。また、室温付近では、電子移動度の温度・電場依存性はなく、分子性結晶に近い特性を示した。 50℃以上では、電子移動度は温度に対して負の依存性を示した。これは、温度上昇に伴い、カラム状凝集体の熱運動のため、分子間距離が増大するためである事が示された。 一方、室温以下では、温度低下に伴い、。電子移動度の電界・温度依存性が増大した。低温域での電荷輸送機構を明らかにするため、化合物2の電子移動度を400 K〜200 Kの範囲で測定し、1次元ディスオーダーモデル(式1)により、エネルギーレベルの分散(σ)、および、ディスオーダーが存在しない場合の仮想的な移動度(μ0)を求めた。 室温以下での電子移動度の電界・温度依存性は式(1)でほぼ説明でき、μ0 = 1.2 eV、σ = 48 eVという値が得られた。これは、液晶相での電子輸送がカラム状凝集体内の1次元のホッピング伝導である事を示している。また、液晶相でのカラム凝集体内でπ電子共役系が密にパッキングしており、電子輸送が効率的に進行すること、また、エネルギーレベルの分散が小さく、電子移動度の電界・温度依存性が小さくなっている事を示している。 |
図2 (a) 化合物2の室温での電子に対する過渡光電流 (b) 化合物1、および、化合物2の電子移動度の温度依存性 |
ペリレンビスイミド誘導体だけではなく、フタロシアニン誘導体においても、側鎖末端のオリゴシロキサン鎖の導入は、溶解性の向上や液晶相温度領域の低会に対して有効であった。non-peripheral位置換フタロシアニンにおいては、アルキル置換体が液晶相を示さないのに対して、オリゴシロキサン部位を導入した化合物が液晶相を示す事が明らかとなった。一般に、フタロシアニン誘導体はp-型半導体とされているが、これらのフタロシアニン誘導体では、ホールのみならず、電子の輸送も観測されている。 |
図3 (a)フタロシアニン誘導体の合成ルート合成ルート (b) フタロシアニン誘導体の相転移挙動 (c) 化合物2および、化合物4の液晶相での偏光顕微鏡写真 (d) キャリア移動度の温度依存性 |
液晶性フタロシアニンに関する論文 (R. Yamaoka, M. Funahashi, ChemistrySelect, 2,11934-11941 (2017).)は、ジャーナルカバーに採択されました。 |
参考文献
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